昨年度より、観客/作品/作り手を守るための学びと対話の機会を、京都芸術センターと京都舞台芸術協会の共同主催で設けています。今年度のテーマは、近年認知度が高まっている「トリガーアラート(=トラウマ体験を刺激する可能性のある表現についてあらかじめ周知すること)」。現役の精神科医であり、精力的に演劇活動を展開されている世界劇団の本坊由華子さんを講師にお招きし、レクチャーとワークショップを3月5日に実施しました。
舞台芸術への関わり方や世代もさまざまな参加者19名が京都芸術センターの大広間に続々と集い、18:45から本坊さんのレクチャーがスタート。
レクチャーの前半では、福井の劇団・さよならキャンプが公開している「観劇あんしんシート」をはじめ、ここ数年でトリガーアラートの実施が広まっている現状を確認。そして、WHOの統計をもとに、トラウマ体験を抱える人の割合、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の生涯有病率(一生のうちに一度は病気にかかる人の割合)、主な症状、治療法が紹介されました。特に、PTSDの生涯有病率が1.3%であるというのは、一度の入場者が数十人であったとしても公演全体では数百人といった人数を観客として迎えることがありうる小劇場の現場では、決して無視できない数字であると言えます。また、戦争、身体的暴行、性的暴行、災害などトラウマ体験に関わる事象を項目立てていくと、そのほとんどが芸術表現の中でも多く取り上げられるモチーフでもある、ということが示され、トラウマ体験と芸術の密接な関係にあらためて気付かされました。
レクチャー後半では、トリガーアラートの有無がトラウマ体験を抱える観客にとって(あるいは抱えていない観客にとって)どのように作用するのか、本坊さんご自身の作品での体験も例に引きつつ、さまざまな可能性を提示していただきました。
レクチャー後は短い休憩をはさみ、「アラートの項目について」「告知の方法について」「フリートーク」などのトピックに分かれて参加者がディスカッション。オンラインで収集した事例をもとに協会が作成した資料も参照しつつ、どのテーブルも時間いっぱいまで活発な意見交換が展開されました。最後に各テーブルでどんな議論があったかが全体にシェアされましたが、短い時間だったにも関わらず、アラートで挙げられている項目から喚起される想像力、広報とも連動した効果的な情報提供のあり方、実際の運用にあたっての課題、舞台芸術の鑑賞環境の特殊性、普及にともなう形骸化への懸念、観客の立場からの期待など、書ききれないほどの論点が挙げられました。
精神科医としての専門的な知見と実演家としてのご経験を重ね、充実したレクチャーをしてくださった本坊さん、高い意欲でプログラムに参加してくださったみなさんに、感謝いたします。また、本事業の準備にあたり、「観劇あんしんシート」についてヒアリングに応じてくださったさよならキャンプさんにも、あらためて感謝申し上げます。
今後も、知識を深め、唯一の「答え」を導くためでなく、それぞれの現場においてどのような実践がありうるかをひとりひとりが主体的に考えられる場をつくれるよう、協会も尽力して参ります。
(文責:和田)
開催概要:
舞台芸術と「トリガーアラート」について考えるレクチャー・ワークショップ
https://kyoto-pa.org/kac-wslecture20230305/
参考リンク:
【実施報告】舞台芸術と「性的表現」について考えるレクチャー・ワークショップ(2022年度実施)
https://kyoto-pa.org/report2022_wslecture/
さよならキャンプ https://sayonara-camp.com/